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音楽を聴く私たちを考えるゼミ

アーティストと消費者のコミュニケーションを考える(西野カナの楽曲作りは、どうして賛否が分かれたのか)

(このレジュメは下記のPodcastの収録時に使用したものです。音声と一緒にお楽しみください!)

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基本情報の整理

西野カナの曲作り問題

  • 2018年『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)にて、西野カナの曲作りが公開され、その内容が賛否を呼んだ。ペルソナを設定し、企画書にまとめる、アンケートをとって作詞をしていくなど、マーケティング手法を用いた戦略的な創作を行なっているという内容だった *1 *2
  • これに対して「売れる物を作るプロ」「見る目が変わった」「思いついたこと書いてるだけだと思ってたんだけど、地道な研究や努力に裏打ちされたものだったんだ」という「称賛派」の反応と、「完全にビジネス」「アーティストなら人がどう思うかより自分の伝えたいことを詞に載せ」てほしい、などといった「がっかり派」の反応に分かれた *3

賛否はイメージのギャップ=コミュニケーションの齟齬が招いた結果

賛否の声を考察し、私はこれを「消費者がアーティストに抱いていたイメージと、それに反する事実を示されたときの反応」と仮定して考えてみた。

  • 否定派:「自身が体験した悲恋を歌っていたと思っていたのに」裏切られた、など、自分の抱いていイメージと現実のギャップをネガティブに感じた人たちの反応。
  • 称賛派:「彼女の歌詞の主人公像からは想像できなかった」クレバーな思考の持ち主だったのか、など、そのギャップをポジティブに受け止めた反応。

前者はコミュニケーションの失敗であり、後者は功を奏した格好とも言える。

クリーンなイメージをもった人物の不倫や違法薬物の使用、(そうしたイリーガルなものでなくても)アイドルの結婚に対して裏切られたと嘆くファンも同じ構図で説明可能だ。当初に与えたれたイメージがその後に公開された事実と合致している場合、否定的な見られ方がされないことからも、これが情報の提供を通じたコミュニケーションの問題であることは明らかである。

木村大樹『裏切られる体験についての心理臨床学的考察』*4

ここで、木村大樹が『裏切られる体験についての心理臨床学的考察』で示した「裏切られる」という体験の考察を参照する。木村はその体験を次のように説明している。

  • まず、第一段階として相手への信頼、理想化、同一視、思い込みなど、相手をポジティブに感じる準備の時期がある。そして第二段階として、そのポジティブな理解が実は間違っており、それだけでなく自分が傷つけられたり、搾取されたり、利用されたと被害的に感じるような出来事に遭遇する。
  • 第一段階において相手をポジティブに感じているはずなので、たとえば最初から敵だと思っている人から傷つけられても、ふつう裏切られたとは思わない。
  • さらに、第二段階の出来事が「思いもよらなかった」と思うためには、第一段階の理解はある程度一面的である必要があると言える
  • 「裏切り」の準備段階として、相手のポジティブで一面的な理解があると述べたが、その背景には相手との一体化が生じていることも多い。なぜなら、「一面的な理解」とはふつう、相手を一人の独立した対象として捉えることと両立しえないからである。

私は、ここで示される「裏切り」の準備が、レーベルやプロダクションがアーティストをプロデュース(=商品化)する過程で達成されてしまうことに気づいた。「相手への信頼、理想化、同一視、思い込み」は、売り手が利益を最大化するための努力の結果と合致する、という問題だ。

売り手は、これらの危険性を経験的に把握しており、第二段階の出来事が起きないように工夫している。具体的には、アーティストを一面的に見せ続け(他の面を隠し続け)たり、早い段階であえて暴露し“無敵の”状態にするといった手法が挙げられる。

超越とのつながり

先の論考において木村は、裏切りの類型化を試みるが、その中に興味深い箇所があった。「超越とのつながり」という説明だ。これは『新約聖書』におけるイスカリオテのユダをモチーフに、次のように示されている。

  • エスは超越と繋がっていたがゆえに、裏切りの背景にある「分裂」を免れたと考察している。つまり、すべてを知っていた、すなわち超越とつながっていたことによって、裏切りが裏切りとはならなかったのである。この場合、イエスは裏切りを「乗り越えた」というのではなくて、そもそも裏切りではなかったということになるだろう。

これをアーティストと消費者の関係に当てはめ、私は「近年の消費者は、自分たちが見ているアーティストはプロデュースされている(限られた一面しか映されていない)ことを承知しているではないか=超越とつながっているのではないか」という仮説を立てた。

これは、情報社会の発展により、人々が自分たちの消費しているエンタメの背景にある(運営側の)情報にまで容易にアクセスできるようになったことと無縁ではないだろう。つまり、消費者は情報よって強化され打たれ強くなっている(安易に裏切りを感じない)ということだ。

議題の設定

アーティストと消費者のコミュニケーションを考える

ここまでで示した、西野カナの事例とその分析を踏まえ、以下の論点からディスカッションを行う。

  • 【論点例 1】アーティストがプロデュース(=商品化)される過程で、消費者とのコミュニケーションについてはどのように考慮、設計されているのだろうか。その結果、どのような問題が起きて/防げているか。
  • 【論点例 2】自分たちがエンタメを消費するさいに、与えられた偶像や虚構性とどう向き合っているか。「近年の消費者は超越とつながっている」説にも触れながら論じる。

イワモトユウ

デザイナー、エンジニア。音楽SNSChooning」を運営するチューニング株式会社の代表。好きなジャンル:デザイン、テクノロジー、社会科学全般。

Twitter : https://twitter.com/ezeroms

Blog : https://ezeroms.com

*1:西谷佳之「西野カナ マーケティング作詞手法が今になって炎上するのもマーケティングだとしたら(2019年2月14日付け)」『TAKE OFF PARTNERS』(アクセス:2021年6月7日)
https://consultant-top.com/buzz-flames-marketing

*2:西野カナさんの曲作り(2016年7月15日付け)」『JK RADIO TOKYO UNITED』(アクセス:2021年6月7日)
https://www.j-wave.co.jp/original/tokyounited/archives/the-hidden-story/2016/07/15-105001.html

*3:西野カナ、“ビジネスライク”な作詞法に賛否! ヒット曲「トリセツ」はあの芸人の義父を見て……(2018年12月5日付け)」『日刊サイゾー』(アクセス:2021年6月7日)
https://www.cyzo.com/2018/12/post_184519_entry.html

*4:木村大樹「裏切られる体験についての心理臨床学的考察(2017年3月30日)」『京都大学大学院教育学研究科紀要』
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/219257/1/eda63_055.pdf