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音楽を聴く私たちを考えるゼミ

思春期におけるバンド活動の効能を考える

(このレジュメは下記のPodcastの収録時に使用したものです。音声と一緒にお楽しみください!)

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基本情報の整理

事例:私とバンド活動

  • 小学生のときに、担任の先生が弾いていたことをキッカケに、アコースティックギターを弾くようになる。最初は『ギター・マガジン』を買って、そこに掲載されているカンタンなスコアで一人で楽しんでいた。【個人の中で完結するアクティビティ】
  • 中学校に入ると、クラシックギター部員との交流や、公園で集まって友達が歌いたい曲をギターで演奏するようになるなど、他者とのコミュニケーションが発生した。自分が好きな音楽だけではなく、他人を楽しませるために練習するようにもなる。【他者と交流するためのアクティビティ】
  • 高校に入り、軽音楽部に入部。校内・校外のバンドとの交流が活性化する中で、他のバンドとの比較(対バン文化)に晒されていく。自身が恒常的に相対化されて評価され、自分もその空気を構成する一員となっていく。(「自分たちのバンドはこうあるべきだ」「あんな音楽をやっているバンドはダサい」など)【自己を相対化し、互いに評価し合うアクティビティ】
  • 大学に入ってバンド活動はしなくなったが、30歳を超え、ひょんなことから同世代のバンドに参加する。そこには、比較対象は存在せず、それぞれ自分たちが楽しむための空間があった。【趣味としてのアクティビティ】

変化:個人の中で完結 → 他者との交流 → 自己を相対化し、互いに評価し合う → 趣味

思春期にバンドをやることで形成されたもの

【仮説】思春期にバンド活動を行うことで、音楽や、あるいはバンドやアーティストという活動主体に対する過剰な評価目線が形成されるのではないか。

  • 思春期は、多感な時期であり、自意識がとても高い。自分が他者からどう見られているか、という感覚に敏感になっている。
  • 高校バンドというのは(基本的に)誰かの音楽を借りて自己表現を行う、ということであり、そこでどんな音楽を選ぶか、どんな演り方をするのか、それによって他者からどう見られるか…という自己評価・自己批判的な視点が育つ。
  • そのまなざしは他者にも向けられ、他のバンドを見たときに、その音楽や演奏、スタンスにばかり目が行くようになってしまう。
音楽を聴く姿勢への影響

このまなざしによって、一般に流通している音楽を聴くときも、素直に音そのものを聴くのではなく、以下の点にばかり注意が向いてしまい、音楽を評価的に捉えようとしてしまう。

  • 何から影響を受けているか(既に誰かがやっていることなのでは?)
  • 演奏の技術はどうか(上手/下手、自分が練習してできるかどうか、など)
  • 音楽に対する向き合い方(売れようとしているのでは?)
  • (ライブにおいては)練習してきているかどうか、その日のライブをどう捉えているか

大人になってやる趣味としてのバンド活動で気づいたこと

大人になって、趣味としてのバンド活動に参加し、以下の気づきを得た。

  • 他のバンドとの相対評価がない。
  • 上手くやることではなく、楽しむことが主目的になっている。
  • (当たり前として)バンド活動よりも優先するものがある。

これを経て、中高時代から引きずっていた「音楽を聴く姿勢」が薄れていき、自分の鑑賞態度がおだやかになっていることに気づいた。

議題の設定

思春期におけるバンド活動の効能

上記の事例を踏まえ、中高時代にバンド活動をすることが、私たちにどのような影響を与えたかを論ずる。

  • 【論点例 1】思春期という時期の特異性(Keywords: 自我、自意識、アイデンティティ、エゴ…)
  • 【論点例 2】自身の思春期におけるバンド活動を振り返る
  • 【論点例 3】それが音楽を聴くとき、あるいはバンドやアーティストという活動主体を見るときの価値観や感情にどう影響しているか
  • 【論点例 4】バンド活動から離れていく中で、そのまなざしに変化を感じたか

イワモトユウ

デザイナー、エンジニア。音楽SNSChooning」を運営するチューニング株式会社の代表。好きなジャンル:デザイン、テクノロジー、社会科学全般。

Twitter : https://twitter.com/ezeroms

Blog : https://ezeroms.com

スポーツ化する日本語MCバトルとHIP-HOPの「非競技性」

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基本情報の整理

日本語MCバトル史*1

  • MCバトルの胎動
    1990年代初頭、クラブでのライブ後に開かれるオープンマイクから突発的に発生するものだった。ネットが普及する以前で、HIP-HOPヘッズの中で共有されている「儀礼的な乱入」として存在していた。
  • B BOY PARK
    ZeebraRHYMESTER宇多丸らが中心となって企画を実現させた。初回から第三回までKREVAが優勝を続け、「クレバ・スタイル」という技法が成立する。
    ◯クレバ・スタイル:即興性のアピール、丁寧で確実な脚韻、単調な韻の振り落とし
  • MCバトル大会の隆盛
    2000年代なかばから後半にかけて、「ULTIMATE MC BATTLE」が2005年に、「戦極MCBattle」が2007年に、「MC BATTLE THE 罵倒」が2008年に開催されるなど、MCバトルシーンが拡大・多様化する。
  • 「技術的」なMCの台頭
    晋平太が2010年、2011年とUMBを連覇し、R-指定は2012年から2014年にかけてを三連覇する。また同時期に「高校生ラップ選手権」がBSスカパーで放送を開始。
  • 2015年「フリースタイルダンジョン」放送開始
    これを機にMCバトル人気が爆発。CMにラッパーが起用されたり、高校生ラップ選手権が武道館で開催されたりなど、MCバトルがメジャーシーンにも見られるようになる。

スポーツ化の要因

  • 客層の一般化
    対立に至る構図や文脈を審査員も務める観客が共有しなくなり、ヒップホップシーンのラッパーがバトルと距離を置くようになる
  • ヒップホップとMCバトルの乖離
    大会の優勝者が音源を発表してヒットする構造が崩れ、アーティスト活動が軸のヒップホップシーンとMCバトルシーンの志向にズレが生じる
    →こうした要因によって、ラッパーたちはMCバトルに最適化していった。技術を競うスポーツ化が進み、一般層には親しみやすい、しかしヒップホップの理念とは乖離した状況となる

【参考】MCバトル大会の人気

スポーツと「非競技性」

  • 「スポーツの社会学」竹之下休蔵 磯村英一 1965
    「現代スポーツを特徴づける傾向として、大衆化、高度化、企業化(プロ化)があげられる。これらはいずれも、19世紀以降、とくに今世紀に入ってからの激しい社会変化と関連するものである」
  • 「非競技性」の抱える問題
    M-1における「笑いの手数」の増加

    kinob5.hatenablog.com

    フィギュアスケートにおける「ナショナルバイアス」の問題

    fsfanforfuture.hatenablog.com

議題の設定

スポーツ化するMCバトルについて、今後の展望を考える

  • 論点① MCバトルにおける「非競技性」とは何か
  • 論点② 日本において、なぜスポーツ化が進んだのか
  • 論点③ 今後の日本語ラップシーンはどこへ向かうのか

福村暁

1995年生まれ。構成作家。好きなジャンル:文化人類学、世界史、文学、料理など。

Twitter : https://twitter.com/namahoge_f

*1:参照:ダースレイダー『MCバトル史から読み解く 日本語ラップ入門』

アーティストと消費者のコミュニケーションを考える(西野カナの楽曲作りは、どうして賛否が分かれたのか)

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西野カナの曲作り問題

  • 2018年『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)にて、西野カナの曲作りが公開され、その内容が賛否を呼んだ。ペルソナを設定し、企画書にまとめる、アンケートをとって作詞をしていくなど、マーケティング手法を用いた戦略的な創作を行なっているという内容だった *1 *2
  • これに対して「売れる物を作るプロ」「見る目が変わった」「思いついたこと書いてるだけだと思ってたんだけど、地道な研究や努力に裏打ちされたものだったんだ」という「称賛派」の反応と、「完全にビジネス」「アーティストなら人がどう思うかより自分の伝えたいことを詞に載せ」てほしい、などといった「がっかり派」の反応に分かれた *3

賛否はイメージのギャップ=コミュニケーションの齟齬が招いた結果

賛否の声を考察し、私はこれを「消費者がアーティストに抱いていたイメージと、それに反する事実を示されたときの反応」と仮定して考えてみた。

  • 否定派:「自身が体験した悲恋を歌っていたと思っていたのに」裏切られた、など、自分の抱いていイメージと現実のギャップをネガティブに感じた人たちの反応。
  • 称賛派:「彼女の歌詞の主人公像からは想像できなかった」クレバーな思考の持ち主だったのか、など、そのギャップをポジティブに受け止めた反応。

前者はコミュニケーションの失敗であり、後者は功を奏した格好とも言える。

クリーンなイメージをもった人物の不倫や違法薬物の使用、(そうしたイリーガルなものでなくても)アイドルの結婚に対して裏切られたと嘆くファンも同じ構図で説明可能だ。当初に与えたれたイメージがその後に公開された事実と合致している場合、否定的な見られ方がされないことからも、これが情報の提供を通じたコミュニケーションの問題であることは明らかである。

木村大樹『裏切られる体験についての心理臨床学的考察』*4

ここで、木村大樹が『裏切られる体験についての心理臨床学的考察』で示した「裏切られる」という体験の考察を参照する。木村はその体験を次のように説明している。

  • まず、第一段階として相手への信頼、理想化、同一視、思い込みなど、相手をポジティブに感じる準備の時期がある。そして第二段階として、そのポジティブな理解が実は間違っており、それだけでなく自分が傷つけられたり、搾取されたり、利用されたと被害的に感じるような出来事に遭遇する。
  • 第一段階において相手をポジティブに感じているはずなので、たとえば最初から敵だと思っている人から傷つけられても、ふつう裏切られたとは思わない。
  • さらに、第二段階の出来事が「思いもよらなかった」と思うためには、第一段階の理解はある程度一面的である必要があると言える
  • 「裏切り」の準備段階として、相手のポジティブで一面的な理解があると述べたが、その背景には相手との一体化が生じていることも多い。なぜなら、「一面的な理解」とはふつう、相手を一人の独立した対象として捉えることと両立しえないからである。

私は、ここで示される「裏切り」の準備が、レーベルやプロダクションがアーティストをプロデュース(=商品化)する過程で達成されてしまうことに気づいた。「相手への信頼、理想化、同一視、思い込み」は、売り手が利益を最大化するための努力の結果と合致する、という問題だ。

売り手は、これらの危険性を経験的に把握しており、第二段階の出来事が起きないように工夫している。具体的には、アーティストを一面的に見せ続け(他の面を隠し続け)たり、早い段階であえて暴露し“無敵の”状態にするといった手法が挙げられる。

超越とのつながり

先の論考において木村は、裏切りの類型化を試みるが、その中に興味深い箇所があった。「超越とのつながり」という説明だ。これは『新約聖書』におけるイスカリオテのユダをモチーフに、次のように示されている。

  • エスは超越と繋がっていたがゆえに、裏切りの背景にある「分裂」を免れたと考察している。つまり、すべてを知っていた、すなわち超越とつながっていたことによって、裏切りが裏切りとはならなかったのである。この場合、イエスは裏切りを「乗り越えた」というのではなくて、そもそも裏切りではなかったということになるだろう。

これをアーティストと消費者の関係に当てはめ、私は「近年の消費者は、自分たちが見ているアーティストはプロデュースされている(限られた一面しか映されていない)ことを承知しているではないか=超越とつながっているのではないか」という仮説を立てた。

これは、情報社会の発展により、人々が自分たちの消費しているエンタメの背景にある(運営側の)情報にまで容易にアクセスできるようになったことと無縁ではないだろう。つまり、消費者は情報よって強化され打たれ強くなっている(安易に裏切りを感じない)ということだ。

議題の設定

アーティストと消費者のコミュニケーションを考える

ここまでで示した、西野カナの事例とその分析を踏まえ、以下の論点からディスカッションを行う。

  • 【論点例 1】アーティストがプロデュース(=商品化)される過程で、消費者とのコミュニケーションについてはどのように考慮、設計されているのだろうか。その結果、どのような問題が起きて/防げているか。
  • 【論点例 2】自分たちがエンタメを消費するさいに、与えられた偶像や虚構性とどう向き合っているか。「近年の消費者は超越とつながっている」説にも触れながら論じる。

イワモトユウ

デザイナー、エンジニア。音楽SNSChooning」を運営するチューニング株式会社の代表。好きなジャンル:デザイン、テクノロジー、社会科学全般。

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*1:西谷佳之「西野カナ マーケティング作詞手法が今になって炎上するのもマーケティングだとしたら(2019年2月14日付け)」『TAKE OFF PARTNERS』(アクセス:2021年6月7日)
https://consultant-top.com/buzz-flames-marketing

*2:西野カナさんの曲作り(2016年7月15日付け)」『JK RADIO TOKYO UNITED』(アクセス:2021年6月7日)
https://www.j-wave.co.jp/original/tokyounited/archives/the-hidden-story/2016/07/15-105001.html

*3:西野カナ、“ビジネスライク”な作詞法に賛否! ヒット曲「トリセツ」はあの芸人の義父を見て……(2018年12月5日付け)」『日刊サイゾー』(アクセス:2021年6月7日)
https://www.cyzo.com/2018/12/post_184519_entry.html

*4:木村大樹「裏切られる体験についての心理臨床学的考察(2017年3月30日)」『京都大学大学院教育学研究科紀要』
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/219257/1/eda63_055.pdf

音楽をお金に変える方法

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「音楽がお金に変えづらい(?)」問題

  • 音楽がお金に変えづらい ≒ 音楽が売れない、儲からない
    (経済学的な表現を用いれば)市場メカニズムの効率性が低い
  • 音楽をお金に変えづらい状況では、文化的価値の創造によって経済的自立が果たされない。関わろうとする人が増えないので、文化的価値の生産量・質が高まりづらい。
  • 音楽で(経済的に)成功するというインセンティブがあることで、プレイヤーの増加、新規性の高い作品の創造や、新しい需要の掘り起こしなどが行われる。(音楽に限らず、資本経済主義は、市場メカニズムの力によって人々に豊かな生活を届けようとする狙いがある。)
  • 音楽の売上が減少すると、ある水準のセールスを確実に期待できるジャンルやアーティストにプロモーションを絞る傾向が生まれる *1
    → 文化の供給側の販売戦略がより保守的なものになることで、音楽の多様性は減少し、周縁的な音楽や先端的な音楽が私たちの目にする場所から姿を消すことになる。

音楽市場の流通金額

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(出所:IFPI issues Global Music Report 2021)

  • 現在、音楽市場は拡大傾向にある。2014年までは縮小傾向にあり、2015年から復調した。
  • いまの音楽市場はストリーミング・サービスによって支えられている状況である。
  • グローバルトレンドとしては「音楽はお金に変えやすく」なっている?
  • 2020年における音楽市場規模の国別ランキングでは、アメリカ(+7.3%)、第2位日本(-2.1%)、第3位イギリス(+2.2%)、第4位ドイツ(+5.1%)、第5位フランス、第6位韓国(+44.8%)、第7位中国、第8位カナダ(+8.1%)、第9位オーストラリア(+3.3%)、第10位オランダとなり、トップ9は2019年と同様になった(※2019年の第10位はブラジル)*2

市場以外からの資金注入

行政による支援、個人による寄附に関するデータ。本項のグラフは文化庁『文化芸術関連データ集』『令和元年度文化庁委託事業「諸外国の文化政策等に関する比較調査研究」』をもとに作成した。

国家予算に占める文化支出比率の比較(2019年度調べ、単位:%)

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  • 韓国では、1990年代の終わりから文化振興を政府の大きな目標と、21世紀を「文化の世紀」と位置づけ、コンテンツ振興策を行なった。(2000年代:冬のソナタ、韓流ブーム、2010年代:少女時代、KARA、2020年代BTS、TWICE、NiziU …)
  • 韓国人アーティストの海外プロジェクトにかかる総事業費の50%(最大1億ウォン)までプロダクションに補助する政策がある *3
GDPに占める寄附の割合(2014年度調べ、単位:%)
  • アメリカは文化予算の比率はほとんどゼロだが、寄付による民間支援が大きな役割を果たしていると考えられる。

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文化支出を国民一人当たりに換算した金額の比較(2019年度調べ、単位:円)
  • 人口を考慮すると、イギリスやドイツの支出額が決して低いわけではないことが分かる。

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文化支出の推移(2010 - 2019年)

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音楽をお金に変えるための手法・工夫など

  • 旧来の事例:CD販売、放送局やカラオケからの権利収入(著作権印税、原盤印税、アーティスト印税)、ライブのチケット収入、グッズ販売、ブランドとのコラボ・商品タイアップ、レンタルCDショップからの使用料、ファンクラブの会員費、音楽教室や専門学校の講師など
  • 近年の事例:デジタル配信・ストリーミングからの印税、動画配信プラットフォームにおける広告収入、ギフティング(投げ銭)、オンライングッズ(Zoom券)の販売、オンラインサロン、クラウドファウンディング、プレイリスターやセレクターなど

議題の設定

音楽をお金にするための方法や環境はどう変化しているか、どのような問題が起きているか。

文化的なコンテンツの商品の性質、ビジネスの方法、その実情を理論的・実証的に考察していく。

  • 【論点例 1】音楽をお金にするための方法や環境の変化を論じる。
  • 【論点例 2】国内・国外の状況を比較し、国外の事例から参考にすべき点、国内の状況で優位な点などを議論し「音楽をお金に変える」ための望ましい状況を検討する。
  • 【論点例 3】国外・国外市場の関係性を考える。
    → 音楽コンテンツの輸入・輸出、グローバリゼーションなど

イワモトユウ

デザイナー、エンジニア。音楽SNSChooning」を運営するチューニング株式会社の代表。好きなジャンル:デザイン、テクノロジー、社会科学全般。

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*1:高増明『ポピュラー音楽の社会経済学』ナカニシヤ出版、2013年、20ページ

*2:「2020年全世界の音楽市場の売上が7.4%の成長 6年連続のプラス成長(2021年3月24日付け)」『VOICE』(アクセス:2021年6月10日)
https://www.voiceyougaku.com/ifpi-annual-global-music-report-2021/

*3:高増明『ポピュラー音楽の社会経済学』ナカニシヤ出版、2013年、157ページ

公的空間の上書きを検討する(ストリートピアノとバズりたいピアニストたち、あるいは「迷惑」とは)

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基本情報の整理

ストリートピアノとは

  • ストリートピアノ(英: street piano)とは、街中・街角などの公共の場所に設置された誰でも自由に弾ける状態のピアノの通称。「音楽を通じて人と人のつながりを生み出す」といった趣旨を込めて設置されている。
  • 「街角ピアノ」とも称され、鉄道駅に設置されるものは「駅ピアノ」、空港に設置されるものは「空港ピアノ」とも *1 
  • 2008年、イギリスのルーク・ジェラムが「Play Me, I'm Yours」というストリートピアノを設置する活動を開始した。日本国内では、2011年頃からまちづくり団体や自治体による地域活性、駅前を盛り上げようとする活動の一環として行われるようになった。現在では、国内に約50箇所のストリートピアノが設置されていると見られる *2 
  • ボランティア団体・自治体などが働きかけ、家庭で使われなくなったピアノや公共施設で更新のため余った古いピアノを駅や公共施設に設置する場合や、民間企業が広報活動の一環として設置する場合がある。映画のキャンペーンに既設や新設のストリートピアノが活用される事例も。
  • ピアノ本来の色である黒色のまま或いは若干の装飾のみで設置されることもあるが、近隣の学生・生徒・児童などによる彩色が施されることもある。
    設置されているピアノは一般的な物で有るため、定期的な調律やメンテナンスが必要であるが、企業が設置するもの以外は設置場所の管理者あるいはボランティア団体の協力により行われていることが多い。

ストリートピアノの社会的意義

  • 街や駅などの空間の憩いの場としての機能を高め、にぎわいの創出を担う。
  • ピアノという楽器の認知拡大、ひいては楽器や音楽への親しみを高めることにつながる。
  • ヤマハ株式会社「ピアノをもっともっと身近に感じてほしい。そして楽しんでほしい。」「ピアノの前に座ったときのドキドキ感やワクワク感。拍手をもらったときの胸の高鳴り。そして、アイコンタクトから生まれる心が通じ合う瞬間と、あふれる笑顔。ピアノがあるとそのまわりでたくさんの気持ちが動き出します。」 *3

ストリートピアノを取り巻く問題

  • ピアニストたちが、個人的な動画撮影のために長時間ストリートピアノを占拠する、大音量で弾く、楽器に対して大きな負担のかかる演奏を行う、コラボ(合奏)などによって通行人の邪魔になるような形でパフォーマンスが行われる、といった問題が起きている *4 *5
  • ヤマハLovePiano騒動:2019年1月、JR品川駅構内にヤマハ株式会社が設置していたストリートピアノの展示が突如中止となった。ヤマハは「安全管理上の問題」により展示を終了したと発表。公式には触れられていないが、ツイキャスの配信者 @ICCHY8591 さん(ツイキャスのサポーター13万人超、Twitterのフォロワー9万人超)がLovePianoを使ったパフォーマンスを行うと予告したことの影響が強いと見られている *6 *7
  • ピアニスト・榎本智史「ピアニストたちがこぞってストリートピアノでこれ見よがしに腕自慢大会をやったり、動画を撮って広報に利用したりという行動を取ることによって、ピアニスト側にその気が無くとも一般の人たちを萎縮させている現状があるのではないか」 *8

議題の設定

公的空間の上書きを検討する(ストリートピアノとバズりたいピアニストたち、あるいは「迷惑」とは)

この問題を「善意に基づいたシステムと、それを乱す不穏分子」「悪貨は良貨を駆逐する」構図で語るべきではない。その議論は、適切な規制の検討やモラルの低下を嘆くようなものになり、都市の発展性を検討するものではなくなってしまう。

ここで『Shibuya Hack Project』あるいは「ミリメーター」というクリエイティブな取り組みを取り上げたい。

Shibuya Hack Project
  • 「自分たちの都市は、自分たちの手で書き換えていい。そんな“自由度”をつくること」というコンセプトのもと、新しい都市体験を渋谷につくろうとするプロジェクト。
  • Shibuya:渋谷のまだ見ぬ潜在的資産・素材
  • Hack:クリエイティブの力で潜在的資産・素材を実験的に活用し、編集する手法
  • Project:多様なセクターの渋谷民とコラボレーションし形にしていく活動体
ミリメーター
  • 公共空間を舞台に数々のプロジェクトを展開する建築家・アーティストのユニット。
  • 台車やビールケースなど、街中で見かける既製品に「ご自由にお座りください」と印字したラベルを貼り付け、公共空間に「座る場所」を生み出すなど。
  • 「都市の空間を“自分のもの”として取り戻す」「一人ひとりが“勝手にやる”ことの可能性を模索する」
「公的空間を上書きする」とは
  • 文化人類学者・森明子(中部ヨーロッパ文化人類学)「公的・共的・私的」
  • 彼女の概念を使って説明するならば「公的空間の上書きとは、公的空間に対して私的空間の余地を与え、そこを起点に共的空間を錬成すること」。ストリートピアノとは、その手続き手法であり、その行為の最中に発生するハレーションを「迷惑」と呼ぶのではないだろうか。

ここでは、迷惑を最小化しつつ、公的空間に共的空間をつくるためにはどうしたらよいか、を検討したい。

イワモトユウ

デザイナー、エンジニア。音楽SNSChooning」を運営するチューニング株式会社の代表。好きなジャンル:デザイン、テクノロジー、社会科学全般。

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*1:「街角ピアノ、神戸で広がり 「誰でも演奏」交流の場に」(アクセス:2021年6月1日)
https://www.sankei.com/article/20190814-G7HEAGNEZFKHZLPDZNWJXC3H6M/

*2:中村亮一「駅ピアノ-NHKの番組から-(2019年10月24日付け)」(アクセス:2021年6月1日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=62833

*3:ヤマハ株式会社「LovePiano プロジェクトとは?」(アクセス:2021年6月1日)
https://jp.yamaha.com/products/contents/pianos/lovepiano/about.html

*4:「岡山初のストリートピアノ廃止 客足減 騒音苦情も(2020年12月3日付け)」『産経WEST』(アクセス:2021年6月1日)
https://www.sankei.com/article/20201203-ZZHPBP2TW5KYZMWSCSSNLK5YOE/

*5:町田博文「ストリートピアノの設置について(2020年4月16日付け)」(アクセス:2021年6月1日)
https://www.komei.or.jp/km/nakano-machida-hirofumi/2020/04/16/3%E3%80%80%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%81%AE%E8%A8%AD%E7%BD%AE%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/

*6:佐野主聞「今回のヤマハLovePiano騒動に関して思うこと。(2019年1月23日付け)」(アクセス:2021年6月1日)
https://note.com/shimon_music/n/n224a7125351a

*7:「JR品川駅の“誰でも自由に弾けるピアノ”が突如終了…担当者に理由を聞いた(2019年1月25日付け)」『FNNプライムオンライン』(アクセス:2021年6月1日)
https://www.fnn.jp/articles/-/8914

*8:榎本智史「ストリートピアノとバズりたいピアニストたち(2020年4月16日付け)」(アクセス:2021年6月1日)
https://www.virtuoso3104.com/post/pianistburning

カラオケや歌番組によって貧しくなる音楽鑑賞と、その対抗策の検討

第2回のゼミで「正しい音」というテーマを取り扱った。平均十二律によって規定された正しい音程で歌唱することの価値を論じたものだ。


ディスカッションの中で、カラオケにおける歌唱の採点システムの問題点が指摘された。採点システムを中心としたコミュニケーションによって「高得点を出せるかどうか」という目的が当然のものとして設定される。歌唱に自信のない者にとって、評価される体験は窮屈なことであり、歌に対する苦手意識が形成されてしまう。また「人前で上手く歌って評価される」以外の楽しみ方がしづらいという声も挙がった。(“以外の楽しみ方”とは、具体的には、スナックで大して上手くもない歌をがなっている年配男性だ。あれは恐らく自分の気持ちよさのために歌っているのであろうが、そういった楽しみ方を競技化されたカラオケのコミュニケーションに持ち込むことは難しい。)

もちろん、ぼくもこうした考えに賛同した。その上でさらに「歌唱を評価するにしても、聞き手の感受性ではなく、コンピュータによる正誤判断に身を委ねるという態度が、何より深刻な問題だろう」と考えた。このことはPodcastで話しながらも思いついて少し言葉にしたが、もう一歩踏み込んで、整理しながら論を進めてみようと思う。

音楽鑑賞の意義は、多様な価値観を知ることだ

カラオケの採点システムは、ぼくたちの感受性を貧しくしている。カラオケの採点システムに限らず、歌番組の「見えるガイドメロディー」も同じだ。音楽の鑑賞を“判りやすく”するために、歌に対する見方を「上手/下手」という狭いパースペクティヴに押し込んでしまった。さらにそれは「正しい音程で歌えているか」とか、こぶしやビブラートなど、必要な技法が適切に使われているかという加点・減点式の評価にすり替わり、カラオケや歌番組を通じて広く受容されている。近年では「AIによる判定」などと、人知を超えた知性が判断しているかのような印象をまとい、ぼくたちの鑑賞態度から思考の余地をどんどん削り取っていく。これは間違いなく「感受性の危機」だ。

芸術鑑賞では、鑑賞者の持つ様々な感受性が尊重されなければならない。むしろ、鑑賞とコミュニケーションを通じて他人の感じ方を知ることこそ、鑑賞を通じて期待される学びなのである。作品に対する自分と他者の評価が違う場合、そこには価値観の違いや、解釈の差がある。他者の感覚を知ろうとしたり、自身のモノの見方を相対化することで、物事には自分の視点からは見えない別の一面が(たくさんの一面が)あることを学ぶ。こうして養われる複眼的な思考が、多様な存在を受け入れる社会、豊かな文化を醸成する礎となる。

カラオケや歌番組の仕組みは、単調・画一的な評価システムを刷り込むものであり、そこで発生・強化される歌唱との付き合い方は、理想的な音楽鑑賞とはかけ離れたものだ。

反対に、理想的な鑑賞態度に一役買っている好例を挙げよう。2015年から2020年にかけてテレビ朝日で放送されていたバラエティ番組『フリースタイル・ダンジョン』だ。この番組では、ラッパー同士のフリースタイル・バトルが行われ、いとうせいこうやKEN THE 390をはじめとした5人の審査員がそれぞれ勝敗を判定し、勝負の行方はその多数決によって決定される。このとき、審査委員共通の瞭然たる判定基準はなく、それぞれが異なる評価基準を携えている。評価には審査員の個性が宿っており、視聴者は「どうしてこちらに投票したのか」という関心のもと、審査員それぞれのコメントに注意が向くことになる。素人目には首を傾げる判定があったり、詳しい人たちの間で審判結果が議論されることもある。判りづらさはあるものの、視聴者は一連のコンテンツを通じてラップバトルの鑑賞技法を養っていくことになる。

Podcastでは、カラオケ嫌いが集まり憎しみも溢れたからか、つい「(平均十二律による)正しい音程」という尺度そのものの価値を貶めるような論調を用いてしまった。この場を借りて弁解しておくと、正確には、尺度の存在ではなく、尺度の運用方法に問題がある、と考えている。(西洋音楽理論という音楽への科学的なアプローチが、今日の音楽文化の発展に寄与してきたことは明白であり、その価値は充分に了解している。)

ぼくが問題として焦点を当てているのは「音楽鑑賞において単調で画一的な尺度があまりに強固になりすぎている」ということだ。本来であれば、音楽の鑑賞やそこから生まれるコミュニケーションは多様な価値観を知る好機であるはずなのに…である。ぼくは、今後のゼミの活動を通じて、このカラオケや歌番組が音楽鑑賞に与える問題の解決策を描いていく。そうした工夫の延長線上に、自由な(窮屈でない)社会の実現があると確信しているからだ。

寛容な態度だけでは、多文化社会は実現できない

最後に。多様な価値観の重要性を説くにあたり、現代では欠かせない議論を添え、問題の解決策の方向性を定めておこう。2020年、哲学者・倫理学者の檜垣良成が『「多様性」を叫ぶことの問題』で示した内容だ。この論文は、多文化社会をつくろうとするアプローチを分析し、その問題点をまとめたものである。ここでなされる最も重要な指摘は「多様性を認めるための運動は、単に自由を担保したり、寛容な態度でいるだけで果たされるものではなく、それなりに積極的な介入が必要だった」というものだ。

例えば、ドイツのアンゲラ・メルケル首相の「多文化主義〔Multikulti〕は失敗した」という発言を引いて檜垣は「この発言が示唆する内容の一部に、国内に異質な文化をもつ移民の流入を許容しながら、彼らをいわば放置し、彼らが社会に溶け込んだり、社会が彼らを受け入れたりするための努力をうまく機能させられなかったという事態が含まれていることは確かであろう」と延べている。「もちろん、だからといって力づくでの文化統合が望ましいと筆者が思っているわけではない。ただ、「寛容」や「自由」といった言葉が示唆する「放置」、「不干渉」の問題にもっと敏感であるべきだと言いたいのである。(中略)現代においては「放置」、「不干渉」では済まされず、建設的な対立が不可避である」とも。

Podcastでは、カラオケや歌番組の問題点を指摘するだけに留まってしまったが、ここからは異質な価値観同士が溶け合わさり、互いに受け入れられていく仕組みの検討を行なっていきたい。例えば、カラオケで高得点を狙って練習を重ねる人に、巧拙に縛られず伸び伸びと歌う楽しみを伝えるにはどうしたらよいか。あるいは、スナックでがなりたてる年配男性に、歌唱技法を磨く楽しみを伝えるにはどうしたらよいか。こうした課題を意識しながら、引き続きChooningやOnthaといったプロジェクトを通じて、異なる価値観が交差することで生まれるエンタメと、音楽の楽しみ方を主体的にデザインするための運動を仕掛けていくつもりだ。

イワモトユウ

デザイナー、エンジニア。音楽SNSChooning」を運営するチューニング株式会社の代表。好きなジャンル:デザイン、テクノロジー、社会科学全般。

Twitter : https://twitter.com/ezeroms

Blog : https://ezeroms.com

わたしたちはなぜ「正しい音」を求めるのか ―オートチューンは音階主義の現代どのような役割を果たしているか―

(このレジュメは下記のPodcastの収録時に使用したものです。音声と一緒にお楽しみください!) 

基本情報の整理

現代の正しい音「平均十二律」 

  • 1オクターブを12等分し、各音間の周波数比が等しいもの。(2の1/12乗 ≒ 1.059463)
  • 16世紀初頭に提唱され、19世紀なかばには一般化されたと言われている。
  • 音楽表現のメリットが大きいだけでなく、ピアノの普及も背景にある。

    *1 *2

音律の起源「ピタゴラス律」

音律の起源は紀元前の古代ギリシアにまで遡る。「万物の根源は数」だとするピタゴラスが示した「ピタゴラス律」が起源。教皇グレゴリウス一世によって受容され、聖歌に使われるようになった。

ただし、オクターブの倍音は美しく鳴るものの、和音が発展する中世になると、音律の広すぎる長三度と狭すぎる短三度が問題となるため、音律の改善が求められた。

平均律以前に使用されていた「純正律

周波数の比が単純な整数比となる音律。ポリフォニーの聖歌に用いられた。3度(例:ドとミ)と5度(例:ドとソ)の響きが美しい一方、転調などができず汎用性に欠ける。15世紀後半ころには確立していた。

ポピュラー音楽と西洋音楽理論 

  • ロック、ソウル、レゲエ、ラップ、ダンス・ミュージックなど、現代的なポピュラー音楽は、西洋音楽とアフリカ音楽が合流した地点にあるといえる。
  • 「かつて白人が使い古した西洋楽器をアフリカ系黒人が手にして、5 音 等間隔や 7 音等間隔で演奏したいところ楽器は十二平均律になっていて、そこからなんとか 自分の旋律を歌わそうとしてブルースが生まれた」
    南北戦争後に解放された黒人奴隷たちが西洋楽器を手にし、西洋の音楽理論を使いながら独自の音楽を発展させてきたという歴史がある。
    *3 *4

オートチューン 

  • 1997年に発売された「オートチューン(Auto-Tune)」は、アメリカのAntares Audio Technologies社が製造・販売する音声補正用ソフトウェア。平均十二律に則った音階に、歌唱のゆらぎを補正する機能を持つ。
  • Daft Punk「One more time」やPerfumeポリリズム」など、現代、ポピュラー音楽においてオートチューンを用いることは一つの技法として一般化されている。
  • オートチューンの用い方には大きく分けて二つある。
    1.表現としてのオートチューン
    音程補正の速度をゼロに設定することで、不自然な音程の移行をするエフェクトとしての利用。
    2.品質向上のためのオートチューン
    レコーディングでミスをした時や、歌唱が曖昧な音程になっている際に用いられる利用方法。本来意図していた方法でもあるが、こちらは「ピッチ補正」と呼ぶ方が適切か。
  • 2005年にT-Painがリリースした「I'm Sprung」が大ヒットしたことで、オートチューンが一般的なエフェクトとして使われるようになる。しかし2009年にはJay-Zが「D.O.A(Death of Auto-Tune)」をリリースして痛烈に批判。「ラッパーなら歌うな、言葉で戦え」という非難だった

    *5 *6 

議題の設定

わたしたちはなぜ「正しい音」を求めるのか。
また、オートチューンは音階主義の現代どのような役割を果たしているか。

  • 論点① オートチューン(ピッチ補正)批判からみる「肉声音階主義」
  • 論点② カラオケは何故キツイか
  • 論点③ どういう構造が私たちを西洋音楽理論に執着させているのか

※ 議論の対象範囲を確認し、円滑に進行するために、上記の論点を用意した。ただし「忠実にこの論点のみを論じよ」という制約ではない。参加者には、これらの論点から共起される新たな論点の提示に期待する。

福村暁

1995年生まれ。構成作家。好きなジャンル:文化人類学、世界史、文学、料理など。

Twitter : https://twitter.com/namahoge_f

*1:白砂昭一「音楽の変容と調律の変化」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasj/57/11/57_KJ00001457796/_pdf/-char/ja

*2: 坂崎紀「平均律の歴史的位置」 
http://mvsica.sakura.ne.jp/eki/ekiinfo/HPET.pdf

*3:実践 アレンジ・テクニック『ポピュラー音楽史
http://www.bnn.co.jp/wp-bnn/wp-content/uploads/2015/02/arrange-tech_p008-009.pdf

*4:坪口昌恭「アフリカ音楽分析--ジャズのルーツとしてのポリリズム音組織」
https://ci.nii.ac.jp/naid/110006667538

*5: Antares Audio Technologies
https://www.autotune.mu/products/auto-tune-pro/

*6:Jay-ZD.O.A(Death of Auto-Tune)
https://www.youtube.com/watch?v=8bRcpy8dr8o

ストリーミング市場において「高音質」は競争力となるのか

(このレジュメは下記のPodcastの収録時に使用したものです。音声と一緒にお楽しみください!)

基本情報の整理

Apple Musicが、提供楽曲において音質面での大幅な刷新を行なうと発表した *1

  • 5月18日、アップル(米)は提供する音楽ストリーミング・サービス「Apple Music」において、6月からロスレス音源やDolby Atmosによる「Spatial Audio(空間オーディオ)に対応すると発表した。
  • アップルは、当初は2000万曲、年末までに7500万曲以上がロスレス品質で聴けるようになると述べており「本物のオーディオファン向けに、Apple Musicは最大192kHz/24bitのハイレゾリューションロスレスも提供」するとも発表している。(ハイレゾロスレス再生には、USB-DACなど外部装置が必要。)

ストリーミング市場における競争の概観

収益面における評価は、Spotify以外はストリーミング単一事業業者ではないため、一概に論じることは難しい。ここでは、保有ユーザーという指標でSpotifyが群を抜いており「他を圧倒するSpotfiyと、それを追い抜こうとする他社」という構図の確認ができればよい。

  • Spotify *2 
    ユーザー数:3億4,500万人(有料ユーザー数:1億5,500万人)
    提供楽曲数:5,000万曲
  • Apple Music
    ユーザー数 6,000万人
    提供楽曲数:7,500万曲 *3
  • Amazon Music Unlimited *4
    ユーザー数:5,500万人
    提供楽曲数:6,000万曲
  • YouTube Music
    ユーザー数:2,400万人 *5
    楽曲数:4000万曲+YouTube配信映像 *6

ストリーミング市場における「高音質」競争 *7

音楽における品質(=音質)とは何か

今回の議題との直接的関係性は低いが、音質を論じる上では欠かせない前提でもある。最低限の確認をしておきたい。

音質をめぐる主な知見
  • 音響工学:素材となる音をマルチトラックレコーダーに録音する技術の研究。録音だけでなく、空間設計などのアプローチから生演奏における音質も扱う。
  • 機械工学・電気工学:記録する機器に関する技術の研究。
  • 情報工学:近年ではデジタル信号化を行った上での録音が主流であるため、記録情報の管理に関する技術の研究も需要。
  • 音響心理学:音響学の物理的パラメータに関連した心理学的学問。聴覚と心理のはたらきに関する科学分野。後述する「音楽を芸術作品として捉えた場合」に重要となる。
「記録」か「芸術」か *8
  • 音楽を記録物として捉えた場合の音質は、原音忠実度が指標となる。ありのままを変えずにそのまま残すことが目的となり、原音忠実再生がその技術の目指すゴールとなる。
  • 音楽を芸術作品として捉えた場合の音質は、現実をよりわかりやすく、あるいは意味深く伝えるために、必要な情報とそうでない情報の取捨選択を科学することになる。「現実が芸術に昇華するのであれば、原音を芸術的に正しく「取捨選択」することで、オーディオは「生演奏」よりも意味深く、高い芸術性を発揮することができ」る。

上記を踏まえ、今回の報道にあった技術名や、よく耳にするキーワードを確認する。

  • ハイレゾ:High-Resolution Audio(高解像度)。例えばCDの情報量「44.1 kHz/16bit」に対し、ハイレゾは「96kHz/24bit」や「192kHz/24bit」が主流。→記録志向型
  • ロスレス再生:可逆圧縮式で圧縮されたデータ。CDの約2/3の情報量で、質の劣化なしで再生することができる。ストリーミング・サービスで配信されている楽曲のほとんどは単なる圧縮音源を使用しており、これらはCDの約1/10の情報量で、質をできるだけ落とさないよう軽量化された状態で配信されている。→記録志向型
  • Spatial Audio(空間オーディオ):自分を中心として、オブジェクトベースで音源の位置や距離を演算する。臨場感・没入感が高まる。→芸術志向型
    ⇔ チャンネルベース「ステレオ」「サラウンド」「デジタルサラウンド」(チャンネル数に合わせて音の聞こえ方を決める)

議題の設定

ストリーミング市場において「高音質」は競争力となるのか

Apple Musicの新サービス提供はストリーミング市場の構図にどのような影響を与えるだろうか」を論じるとも言える。

  • 論点① 高品質を売りにされたとき、消費者にはどのような反応があるだろうか
  • 論点② 音楽市場における「高品質」は商品としてどの程度成立してきたか
  • 論点③ ストリーミング利用者は、ストリーミングに何を求めるのか

※ 議論の対象範囲を確認し、円滑に進行するために、上記の論点を用意した。ただし「忠実にこの論点のみを論じよ」という制約ではない。参加者には、これらの論点から共起される新たな論点の提示に期待する。

イワモトユウ

デザイナー、エンジニア。音楽SNSChooning」を運営するチューニング株式会社の代表。好きなジャンル:デザイン、テクノロジー、社会科学全般。

Twitter : https://twitter.com/ezeroms

Blog : https://ezeroms.com

*1:Apple Inc「Apple Music、ドルビーアトモスによる空間オーディオを発表、さらにカタログ全体がロスレスオーディオに(2021年5月17日付)」(アクセス:2021年5月24日)
https://www.apple.com/jp/newsroom/2021/05/apple-music-announces-spatial-audio-and-lossless-audio/

*2:Joan E. Solsman「Spotify、月間利用者数が3億4500万人に増加--有料会員も1億5500万人に(2021年2月4日付)」『CNET Japan』(アクセス:2021年5月24日)
https://japan.cnet.com/article/35166027/

*3:Apple Inc「Apple Music」(アクセス:2021年5月24日)
https://www.apple.com/jp/apple-music/

*4:Ingrid Lunden「Amazon Musicユーザー数が5500万人超え(2020年1月23日付)」『TechCrunch Japan』(アクセス:2021年5月24日)
https://www.bcnretail.com/market/detail/20200127_155442.html

*5:「音楽サブスクリプション利用者数、全世界で推定4億人。Amazon MusicYouTubeの成長続く(2020年7月1日付)」『Music Ally Japan』(アクセス:2021年5月24日)
https://www.musically.jp/news-articles/report-there-were-400m-music-subscribers-globally-at-end-of-q1-2020

*6:「『YouTube Music』の曲数はどれくらい?配信アーティストは?Spotifyと比較し徹底検証(2019年3月3日付)」『ドハック』(アクセス:2021年5月24日)
https://dohack.jp/music/how-many-songs-youtube-music

*7:Spotifyロスレスの高音質ストリーミング「Spotify HiFi」今年後半に開始(2021年2月23日付)」『PHILE WEB』(アクセス:2021年5月24日)
https://www.phileweb.com/news/d-av/202102/23/52159.html

*8:ハイレゾなんて関係ない」『オーディオ逸品館 情報サイト』(アクセス:2021年5月24日)
https://www.ippinkan.com/cojp/thinking/page_3-3.htm

「Ontha」開局! 音楽と人間の関係を考えるゼミを開講します。

この度、Ontha(オンサ)というPodcastを開局しました。

Onthaは「人間にとって音楽とは何か?」を考える番組です。「音楽を聴く私たち」を題材として、ゼミ形式のディスカッションを行い、音楽と人間の関係をひもといていきます。

VTuber著作権K-POP高校野球、まちづくり、歌舞伎、ジブリ、仮想通貨、クラブカルチャー…ジャンルレスにキーワードを抽出し、音楽への興味を通じて、社会とあなたの距離をグッと近づけるコンテンツを提供していきます。 (詳しくは、下記をご参照ください。)

 第1回の配信は5月29日(土)19:00を予定しています。是非、PodcastTwitterをフォローしてお待ちください。 

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